私は英語教員として立命館大学に奉職してまだ5年目の若輩であります。ご縁に恵まれて大変有り難い機会を頂いたのですが、この5年間は大学教員としての仕事を覚えるのにとにかく必死で、面白い話題が特段ございません。そこで、取り留めのない話で恐縮ですが、本稿では私が「スペインで夢をあきらめた話」をしたいと思います。
幼いころから絵を描くのが好きでした。小学生のころはチラシの裏や藁半紙、教科書の余白、ありとあらゆる場所に落書きをしていました。中学で美術部に入り、石膏デッサンや油彩を始めました。部室に置いてあったピカソの画集で初めて「ゲルニカ」を知り、衝撃を受け、将来は絵を描いて身を立てたいと思うようになりました。
当時指導してくださった美術の先生は、しかし、美術系の高校に進学したいと息巻く私に、遠回しに進路を考えなおすよう助言して下さいました。しかたなく美術の道を歩むのを諦めた私にとって「絵描きになる」というのは「いつか叶えたい本当の夢」になりました。その後の人生でも進路や就職に際していろいろな選択をしましたが、頭の片隅にはこの「本当の夢」が無傷のまま残されていました。
今年の春、パリで学会発表を終えてからスペインのマドリッドにある国立ソフィア王妃芸術センターを訪ねました。ここには、かつて私に「本当の夢」を与えてくれたピカソの大作「ゲルニカ」が展示されているので、ぜひ一度この眼で見たいと思いました。
2階の特別展示室いっぱいに広がる「ゲルニカ」を前にして、私はこれまで大切に守ってきた「本当の夢」がズタズタに切り裂かれる音を聞いた気がしました。ですが、そのことを特に残念とは思いませんでした。むしろ、「やっとあきらめがついた」という清々しい気持ちでした。
今でもいつか時間を作って絵を描きたいと思っています。それがいつになるのかはわかりませんが、もうそれを「いつか叶える本当の夢」とは思わなくなったことは確かです。
(学内広報サイト『UNITAS WEB』内コンテンツ「RITSUMEIKANのWA」に寄せた原稿)